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2006年2月28日 (火)

埠頭好き

ここ2年程埠頭にかなりハマっています。
当たり前の事ですが、東京から神奈川にかけてずうっと埠頭が続きます。
数ある埠頭の中にも、お気に入りはあります。
夜の埠頭で向こう岸のビル明かりを見ていると、心と身体の疲れや澱みが消えて何となくですがリセットされた様に感じます。
最近は、良く行く埠頭で見かけるコンテナや貨物船のマークを覚えてしまい、街で見かけると一方的な親近感を抱いております。
”K”や”七”というマークの船をよく見ますが、いったい何を運んでいるのかしら。
陶磁器だったりもするのかしら。
私には皆目見当もつきませんが、船の行き先や中身(?)を想像してみるのも楽しいものです ^^

しかし、夜の海ってどうしてあんなに恐いのでしょう・・・

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2006年2月24日 (金)

花粉 (T T)

すでに花粉が飛び始めていますが、皆さんは無事ですか?
今年は花粉の飛ぶ量が少ないと聞いています。
私には切実な問題なので、確かな情報であって欲しいと思っています。
私は恐ろしい程の花粉アレルギーです。
勿論もっともっとヒドイ方もいらっしゃるとは思いますが、鼻水くしゃみに頭痛はあたりまえ、しろ目が水膨れになり、まぶたの皮膚がむけ、
たまに出血したりするのですから十分ヒドイと思います。
作陶にも身が入らない、と言うより花粉の多い日は作陶どころではなくなります。
もう、考えるだけでへこみます。
アレルギーは何かのキッカケで突然治る事があるそうですね。
その”キッカケ”誰か知っていたら教えて欲しいなぁ・・・

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2006年2月21日 (火)

心の友?

勇気の出る言葉があります。
誰が言ったのか、何で読んだのか忘れてしまったのですが、
『出る杭は打たれる。出すぎれば人は見上げる』。
有名な言葉なのかもしれないし、そうでないかもしれないし。
勉強不足と記憶力の無さで、お恥ずかしい事です。
携帯のメモに入れておいて、ヘコんだ時に読んでは勝手に勇気づけられています。

皆さんの心の友となっている言葉はなんですか?

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2006年2月19日 (日)

星いくつ?

私の部屋には洗濯物も干せない様な小さなベランダがあります。
夜型の私は作陶するのも夜で、新聞屋さんが動き始める頃にヘトヘトになって帰宅し、眠りに就く前にベランダに出て少し空を眺めます。
そこからはずぅーっと3個の星しか見えませんでした。
完璧な日でも5個が限界で、晴れの日でも空気が汚ければ1個も見えない程のひどい空でした。
そんな貧相な夜空でも、このたった3個の星を誰かと(特定であったり、なかったり)共有しているんだなぁ...といつも眺めていました。
ところがここ1、2年マイベランダの星の数が増えたのです。
多分想像するに、東京都の条例の改正に基づいて空気の汚染が少し軽減されたのでしょう。
何はともあれ星が増えた事に感謝!です。^^
皆さんは幾つ星をお持ちですか?

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2006年2月17日 (金)

お祈り

神様。
信じる人信じない人、色々です。
信じる人にも色々です。各自の神様が存在する事と思います。

陶芸家には、(普段の信仰は知る由もありませんが)火の神様を大切にする人が多い様です。
私は少々罰当たりな感じですが、普段はそんなに気にも留めない癖に、
窯を焚く前はいつに無く(毎日ご先祖に祈る母が見たら腰を抜かす程に)大真面目に祈ります。
これが何故か利き目があるのです!・・・気のせい?
はい、気のせいかも。^^
最近気が付いたのですが、”祈る”って、神様やご先祖に何かをお願いする事では無い気がします。
上手く言えませんが、精一杯の行動の仕上げに心や気持ちもそこへ注ぎ込むと言うのかしら・・・。
外に向かっている気持ちと言うよりも、内側に向かっている様に思えるのです。
いわゆる神様やご先祖に向かう”祈り”って、どちらかと言うと”感謝”に近いと感じます。
未熟な私には”祈り”の向かう所の本当の行き先は分かりません。
明日になれば、あるいは十年後、二十年後、もしかしたらこの世を去る その時に本当の事が分かるのかもしれませんね。

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2006年2月14日 (火)

海が好きじゃないと言う人にはあまり会った事が無いので、まぁ大抵の人は海が好きなのでしょう。
ご多聞にもれず私も海が好きです。
元々は九州の生まれで、子供の頃は海は子供でも頑張れば自転車で行ける圏内にありました。
とてもとても忙しかった父が、短い時間でも暇が出来ると海や山へ連れて行ってくれたのを覚えています。
短時間だったら海です。近いから。
今でもちょっと時間が出来ると、一人で、友人と、ちょいと海に行ったりします。
よく行くのは晴海、品川、本牧かな。
砂浜があってざぶざぶと入って行ける海も近くにあったら嬉しいのですが、贅沢は言えないですね。
そういえば、7、8年前頃は、陶芸仲間の友人と千葉の白子海岸?に貝を拾いに行ったものでした。
陶芸で赤貝の貝殻を使う事があるのですが、サーファーだらけの海岸で赤貝の貝殻に興味を示す人は、全く居ませんでした。
焼いてしまう物なのですが、贅沢にも綺麗な貝をさがして拾っていた覚えがあります。
東京の海はほとんどが港なので、貝拾いなんて考えもしませんね。

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2006年2月12日 (日)

本物・・・?

我が家には2匹の猫の親子がいます。
今日ようやく娘猫の割れてしまった食事用のお茶碗の代えが焼き上がりました。

たいていの人間は、自分自身が”本物”と感じる素材に触れて生活していたいと思うハズ。
私の食器に対する”本物”は陶磁器、ガラス、木、etc...
少なくともプラスティックのご飯茶碗&汁腕では泣きたくなります。
私は猫達とも比較的対等に暮らしているので、やっぱり陶器の器を使ってもらっています。
私には、嬉しそうに見受けられますが・・・。ま、気のせいでしょうね。

愛猫や愛犬や愛鳥や愛ハムスターや愛兎や・・・そして愛する人間の為に何か作ってみるのも悪くないですよ。
特にコメントや褒め言葉なんていらないのです。
フツーに毎日使っている姿を見てはひとりにんまりしていれば、じゅうぶん楽しいですから。
いま私の隣で猫達は夢中でご飯を食べています。
もう少し器にも目を向けてくれないかしら・・・

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2006年2月10日 (金)

作ること

足りない物を作るって、ただの”嬉しい”ではないのです。
出来上がって『その場所』に納まった瞬間、
ゾクゾクする程の快感です *^^*
作る側に属するか、作らない側に属するか、快感の分かれ目(?)ですね。
勘違いをしてはいけません。
プロの作り手について言っているのではありません。
お料理を作るとか、編み物をするとか。そんな”作る”ですよ。

一日一個、何でも良いから作ってみましょう。
明日何を作るかを今日決めてみるのも、一歩進んだ感じですね。
好みの形や大きさの器が無ければ作っちゃいましょう!
気に入っていたけど割れちゃっった器も自分アレンジで作っちゃいましょう!
さて、私は明日は何を作りましょう。
蕎麦でも打とうかしら・・・

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2006年2月 7日 (火)

”美しい”

雪に変わりそうな小雨の深夜、珍しく六本木ヒルズの横のけやき坂を通った昨夜のこと。
クリスマス、年末・・・いつも人通りが多く、人混みを好まない私としては好きになれない場所のひとつでした。
単なる2月6日の寒い雨の夜は、乗客を求めてさまよう空車のタクシー以外、ひとっ子ひとり居ません。
幾度となく目にしている、何故か今だ撤去されていないクリスマスのイルミネーションに突然心を奪われてしまいました。
しみる程に美しいものでした。ガラス窓にかろうじて張り付いている雨粒が光をさらに美しくしていました。
この”美しい”はどうしたら私の手で形に変える事ができるのかしら・・・?
これが昨日出た私の宿題です。

子供の頃は、ガラスもプラスティックもダイヤモンドも同等に綺麗だと感じたものですよね。
いつまでも美しい物を見つけられるままでありたいですね。

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